うちのワープロがついに、電源を入れても反応しなくなった。
学生時代、ワープロという言葉が友人たちの間ではまだ憧れの象徴のように語られていた
頃、少々無理な背伸びをして買ったものだ。一般的な耐用年数をはるかに越える長きにわたって、私の文章作成を手伝ってくれていた。世間ではすっかりパソコンのワープロソトにその座を奪われてからも、このワープロだけは、いつしか隣に置かれたパソコンに負けまいとするかのように、頑強に働き続けていたのだ。私自身、どちらかというとアナログな人間だから、パソコンより慣れたワープロで文章を打ったほうがむしろ早くすむ、ということがけっこうあったのだ。それが、さすがにここ数年はフロッピーディスク(何となつかしい響き!)を読み込む速度がひどく不安定になったり、10回に1回はスイッチを入れてもモニタがしばらく砂嵐、などという状態になったりしていた。なんだか自分が老骨に鞭を打っているような痛々し
い気分になってきてしばらく使わずにいたのだが、久々に、毎年同窓会の案内状に使用しているフォーマットをひっぱり出そうとして電源ボタンを押したら、……押したら、……押しても、無反応となってしまった。
毎回、私が幹事となり、越前蟹の解禁を待って同窓会を開いている。今年もその時期が近づいたから、ほんの数日前、古いデータの存在を確認するためにちょっと電源を入れてみた。その時は、わりと正常に動いていた。とりあえず年月日だけは今年のそれにして、電源を切った。どうやらそれが、このワープロの最後の力をふりしぼったひと働きだったらしい。一年前も、その一年前も、同じ蟹料理の店での同窓会の案内状を、このワープロでつくってきた。越前蟹、と聞けば、蟹の姿よりまずこのワープロを思い浮かべるくらいだ。……といっては、いささか大げさにすぎるだろうか。
しかし私が越前蟹などという高級食材に接するのは一年を通じてほぼこの一回のみだから、やはり「あの店で蟹を食べる時期」=「ワープロで案内状つくらなきゃ」といったふうに、すぐ結びつくのは確かなのである。しかも、その同窓会のメンバーは、私がこれを買った時のクラスメイトたちなのだ。あいつらのために、あいつらとともに日々を過ごしたこのワープロで案内状をつくる。それは私の中で、一種の儀式のようなものだった。
だがどうやら今年の案内状は、パソコンで一からつくり直さなきゃならないようだ。なぜこないだ更新したその時に、万一を考えてパソコンの方にデータを移しておく、くらいのことはしておかなかったのだろう。……などと悔やみながら最後のひと押しをしてみたら、なんと電源が入ったではないか。急いでパソコンにデータを移す作業をしながら、思った。きっとこいつも同窓会の一員のつもりなのだろう。そうしてこれがおそらくは、本当の本当に最後のひとふんばりとなる筈だ。今年の蟹は、いささか苦みが強くなりそうだ。